エッセンス

物事の本質はなにか考えていきたいと思っています。司法書士の仕事のこと、普通の人のIT利用についてもお話ししたい思います。

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ノスタルジックなコンピュータの話 その2

さて、その後私は富士通に入社することになるのですが、富士通でのパソコン開発は不遇が続くことになります。
いくらいいマシンを作っても売れない!

時代は8ビットパソコンから16ビットパソコンになるわけですが、富士通は最初の16ビットパソコンで大失敗をしたのでした。

FM11という富士通最初の16ビットパソコンは、内部的には16ビットで外部的には8ビットの8088というCPUを採用してしまった。同時期に発売された、NECのPC98は、内部も外部も16ビットのCPU・8086を採用していた。このせいだけじゃなかったのかも知れないけど、とにかく最初の段階でのこの失敗が、その後長らく富士通のパソコン事業の低迷を招いてしまった。

“コンピュータ、ソフトがなければただの箱”というのは有名な話で、最初に売れたPC98には黙っていてもソフトウェアメーカーがソフトを開発するが、FM11やその後継機FM16βというパソコン用には、どこもソフトを開発してくれず、開発費を払ってなんとかPC98用のソフトをFM16βでも動くようにしてもらっていた。今と違い、当時はメーカーが違えば、パソコンの互換性がなく、PC98用のソフトはFM16βでは動かないのでした。それもで結局開発されるソフトの数が段違いで、マシンそのものは富士通のほうがよくても、誰も買ってくれない。

当時の統計では、NECが市場の5割超、富士通は3割くらいだったんだけど、この数字はまやかしで、富士通は法人営業でパソコンを大型コンピュータと抱き合わせ販売してなんとか台数を稼いでいたといわれており、実際の電気店での店頭販売では、PC98が9割といわれていました。

NECのPC98の寡占状態は、その後Windowsが主流となって、DOS/Vマシンと呼ばれるIBM-PC互換機が日本に上陸するまで続いたのでした。

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